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zoom RSS 日本の日本語教育にもスタンダーズの波?

<<   作成日時 : 2006/04/10 22:17   >>

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It's SHOWTIMEさんの記事で日本にもスタンダーズができるかもしれないというお話です。

http://blog.seesaa.jp/tb/16376418

そこのコメントにも書かせてもらいましたが、目安としてはいいと思います。ただ、それが学習指導要領のように拘束力を持つといろいろよくないと思うんですね。

さまざまな語学の試験も、試験自体はいいと思うんですが、試験対策だけに一生懸命になるとそれはそれで、、、でも、何もしない人が試験があるからがんばってみようというのはいいと思いますし、、要は使いようってことでしょうね。

みなさんはこのようなスタンダーズ、標準に関してどう思われますか?

SHOWTIMEさん、また、いろいろ情報よろしくおねがいします!

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コメント(3件)

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今の日本でのスタンダーズの動きは、「世界の日本語教育を推進するための指針を作る」という面があるようですが、それって可能なんですかね?アメリカ国内でもそれぞれ事情があってスタンダーズを決めるのが大変だったのに、世界を視野に入れてって考えると、ちょっと大変じゃないかと...。

今、ヨーロッパでもスタンダーズ運動がさかんなんですよね。これからの日本語教育の質の向上のために一定の規準を作り、それをクリアしないとダメってことになっていくのかな。そうなると、その規準がクリアできる学習者を育てられる、「スタンダーズ時代」の教員の教育能力養成も必須ですね。
yukki
URL
2006/04/10 23:03
どうも。話題提供者として一,二言。ここでとりあげられてる「スタンダード」が、指針でありながら強制力・拘束力をもつものではなというのは、僕の記事にもあるとおりです。しかも、日本語教育全体におけるものではなく、国際交流基金内でのものであること。まずはこのことを再確認しておきます。

とは言っても、その影響力はかなり大きいものだと思われます。日本語能力試験の改定もそのひとつで、@学習者が何を学ぶか、A教師が何を教えるか、B社会がどう受け止めるか、が変わってくるでしょうね。

この3点について、もう少し考えてから記事にしたいと思います。
doi
URL
2006/04/11 00:19
スタンダーズそのものは、使い方を誤らなければいいものだと思います。何事にも客観的な基準はあったほうがいいですからね。

ただ日本語学習者の学習目的が多岐に渡っていることは、頭においておいたほうがいいと思います。

日本留学を目指す学習者にとってはスタンダーズも有効でしょうが、趣味的に学習している人にとっては必ずしも有効ではない、といったこともありますし。
日本語 教師
URL
2006/08/06 19:56

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