佐藤慎司のことば/文化教育を考える

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zoom RSS 「作文集」を読んで

<<   作成日時 : 2006/03/22 13:06   >>

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Yukkiさんのブログで作文活動について書かれていました。

本当にそうですよね。なんだかクラスの作文って作文を書くためにあることが多くないでしょうか?現実世界では書きたくないものをそれもだれに書くかわからないで書くということはあまりありません。そういった現実を説明して一つ一つ学生と一緒に考えていくと、学生も教室の中でいろいろ考えることを取り戻してくれるような気がします。考えなくなった学生、それはいくら日本語がうまくても、言葉を使えるようにはならないのではないでしょうか?皆さんのご意見は?

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コメント(7件)

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しんじさんの作文活動をまねっこしてやってみたんですが、とてもよかったと思います。教室って本当に限られた場所なんですが、やり方次第で現実に近づけることができるんですよね。これからもいろいろ試してみたいと思います。またアドバイスよろしく〜。
yukki
URL
2006/03/22 22:24
というか私も細川先生の実践からアイディアを得たものですので、、、バフチン曰く「自分の言葉は半分は他者の言葉」ということは自分の実践も半分は他者の実践というところしょうか、、、自分の言葉もアイディアもしょせんある程度、だれかの借り物に過ぎないんですよね。だから、お互いにコミュニケーションできる。
しんじ
2006/03/22 23:01
クラスの作文は、作文のための作文になっているってまさにそうですね。そこから脱却しなくてはいけないと思いつつ、あまり何もしていません。特に一年生では、、、、見習いたいです。また今度いろいろ教えてください。
ヒロシ
2006/03/25 01:00
一年生だからこそ、こういった活動が必要なんじゃないかと思います。研究の関係で小学校一年生の教科書を分析しているのですが、作文を書くところにも「だれに書こうかな?」ときちんと相手を意識した指導をすることを明確化しています。

正直言ってサンクスギビングの作文などは飽きてしまって誰も読みたくないですよね、、、、書くことはみなほとんど同じだし、カタカナ語ばかりになって、、、(笑)
しんじ
2006/03/26 00:56
ほんとにサンクスギビングの作文ってば、作文のための作文の典型ですね。。。小学校といえば、「感想文」という作文にも興味があります。日本の大学生が感想文どまりという話も聞くし。
ヒロシ
2006/03/27 14:18
そうかもしれませんね。書かせっぱなしで文法の間違いを直すだけという作文教育についてはもっと考えなければならないと思っています。
しんじ
2006/03/27 23:08
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Sherman
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2017/08/20 15:40

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