佐藤慎司のことば/文化教育を考える

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zoom RSS どうして今のような研究をするに至ったか

<<   作成日時 : 2012/09/29 05:14   >>

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どうして日本語教育になるに至ったかというメールは前にこのブログでも書きましたが、どうして今のような研究をするに至ったかに関しても書こうと思います

といっても、私がどんな研究をしているか知らない人も多いと思いますので、まずそれを書かなければなりませんね今は日本語教育、外国語教育の中で当たり前だとされている事柄をもう一度見直し、本当に当たり前なのかということを考えるような研究、そして、それが当たり前でないならどうしたらよいのか(実践の提案)を考えています

例えば、日本語教育、外国語教育の中の「文化」ってよく一般的に使われていますが、一体それがどういうものなのかはかなり人によってばらばらなようです。それから、先生が学生を評価して成績をつけるということも当たり前のようになされています。あと、異文化コミュニケーション能力を身につけるということもよく言われますが、それはどういうことなのでしょうか?こんなことをもう一度見つめ直し、さまざまな実践を提案しています。

で、なぜこのような研究をするに至ったかというと、やはり、修士を取って教えていたときの問題意識が大きいです。それは、

アメリカのクラスで同じように日本語を教えても、概してアジア系の学生は上手になるのに、非アジア系の学生はなぜあまりうまくならないのか。文法的には正しい文を話していても、なぜか少し変なのです。

そのとき、感じたことは

ああ、やっぱり言語だけ教えていてはだめなんだ、文化も教えないと

ということでした。それで、博士課程に進むときに人類学と教育という分野を専攻することにしました。文化と言えば人類学だと思ったからです。

いろいろな理論を勉強しているうちに、

なぜ自分は文化を教えなければならないと思ったのか

この問いの方をもっとよく考えるようになりました。つまり、相手の日本語が変というふうに捉え、自分が変だと感じたことを問題にはしなかったということです。みなさんが変だと思っていることって、実はあんまり変じゃないこともあるんじゃないでしょうか、そして、当たり前だと思っていることの中にも変なことってたくさんないでしょうか?

こんなことを考えていると毎日が楽しいです

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