佐藤慎司のことば/文化教育を考える

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zoom RSS クリティカルリーディング(2)+クリティカルペダゴジー

<<   作成日時 : 2009/11/05 23:27   >>

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クリティカルリーディングのその後をお伝えするのを忘れていました例の質問ですが、

1)あなたはアクセントによって差別や偏見があるのは「仕方がない」と思いますか。
2)どうしてそう思うのですか。
3)「仕方がない」という考えは社会(世界)にどんな効果をもたらすと思いますか。
4)アクセントによる差別や偏見はどうやって生まれたと思いますか。自然に生まれたのでしょうか、誰かが作り出した(だれが、だれに対して、どのような状 況で、何のために)のでしょうか。あなたの考えを書いてみてください。(関西弁、アメリカ南部の方言などの例を使ってもいいです。)
5)どうすればアクセントによる差別、偏見を無くせると思いますか。(いくつかあげてみてください。)
6)あなたにはどんなことができると思いますか。(いくつかあげてみてください。)

学生全員が、

仕方がないという考えは、現状肯定につながる

と言っていて、また、

差別や偏見は社会的に構築されたものだ
歴史的に自然に生まれたものだ

などなど、いろいろな考えが出てきました。(でも、自然に生まれるってことはあるんでしょうかねえ。。。。ほとんどの場合は自然に生まれてきたように誰かがうまくそのように見せていると思うんですが。。。)

学生は本当に深くよく考えているなあとおもいました。(もっと考えなければ行けないのは教師の方ですね。。。)ここで問題だなと感じたのは5)6)です。ほとんどの学生が

違いを尊重する

という態度を示していました。それはそれでとても大切なことだと思います。多文化教育においても、インターナショナルフェスティバルなどで、それぞれの国の踊りを披露したり、食べ物の屋台を出したりするような活動(日本のブースでは能や歌舞伎、お寿司を出してくるといった類いのものです)は至る所で行われていて、それはそれで大切なことだと思います。

しかし、このような文化祭的な尊重の仕方だけでは、結果的に違いばかりを強調していることにならないかと思うのです。。。つまり、変わってるわねえ...私たちとは違うわねえ...おもしろいわねえ...と。。。もう一歩すすめて考えてもらいたいなと思うことは

「同じであるということ」と「違うということ」の違いはそんなに明確なものなのか

ということです。

何を言っているんですか?さとうさん。違うものは違う、同じものは同じ、そんな当たり前のこと聞かないでくださいよー

とおっしゃる方もいらっしゃると思います。しかし

たとえば日本人とアメリカ人、違うと言えば違いますが、みんな人間なんだという観点で見れば同じです。国の発展の状況なんかもいわゆる「先進国」という点では同じですし。。。共通点もたくさんあると思います。

では、みなさんは

どんな状況でどんな人(たち)を違うと思ったのでしょうか

違うと思った自分、違うということが当たり前だと思った自分をもう一度見つめ直してほしいというのが私のポイントです。

違うけれど理解していこうという考えだけでは乗り越えられない問題はたくさんあるとおもうんですよねえ。。。



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