佐藤慎司のことば/文化教育を考える

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<<   作成日時 : 2007/05/18 09:27   >>

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先週ですが,全部成績を出した後,学生評価のコメントをじっくり読みました。これからの学生のためにたくさん書いてくださいねと頼んだら,本当にみんなたくさん書いてくれました。ほんとうに,ありがとう。

その中に

このクラスは知識を伝える部分,厳しさと表現を楽しむ部分,自由な部分のバランスがとれていた

といったものがありました。これには感動,春学期はこのバランスについて考えていた一学期だっただけに,,ああ,やっぱり教師が何を考えているか(教育哲学)というものは伝わるのかなと思いました。

それから,面白かったのは今回の2つのセクションは通常のスピードと違う教科書を使ってですが2−3倍のスピードで進んだコースがありました。後者は4年生が多かったのですが,結果は通常のクラスの学生の方がやることがあって大変だったと書いていることです。

一つに通常のクラスでは宿題がかなりの量あります。早いクラスはあまりありません。このことと,やはり勉強の仕方を知っている4年生が早いクラスにいたからこのような差が出たのではと思います。

最近考えるのは宿題です。宿題は基本的には学習者の理解促進と確認のためにあるものですよね。でも,最近考えるのが宿題までもが出したか出さないかで成績の対象になっていることです。学習者によって必要な宿題は違うでしょう。それなのにみなに同じ宿題をかなりの量出して強制するのも少し考えものではと思います。同時に学習者は言語学習のプロではありませんから,時にはやりたくない宿題も強制させる必要があるかとは思います。しかし,現在はあまりにも教師が強制しすぎていないかと思うのです。まるで大学生なのに子供扱いという感じです。試験も宿題ももはや成績を出すためにしているという感じですね。最近,評価というものについてよく考えます。(今,新たに編集本を作ろうと友人と計画中です)

それにしても,学生評価には本当に皆の思いがしっかり込められていて感動しました。

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
いいクラスだったんですねえ。さとーさんの教師としてのすばらしさの反映だと思います。

私も常々学校制度の中の評価については,「学力」と「しつけ」の部分が混在している不思議なシロモノだと思っていました。ただ,「出したか,出さないかで成績がつく」ということが,ペースメーカーというか,チェックポイントとしての宿題をする動機につながるなら,それはそれでいいのではないでしょうか。
yukki
URL
2007/05/18 11:36
確かにペースメーカー程度ならいいのですが,毎日というのは多すぎませんか?その上小テストもあるし,,

それから,しつけの部分とyukkiさんはおっしゃっていますけど,大学のクラスでもしつけの部分ってする必要があるんでしょうか?その辺りも疑問です。

日本語のクラスなので日本の学校のやり方でという先生もいますが,日本の学校のやり方なのかその先生のやり方なのかもはっきりしないと思います。日本の学校にもいろんな先生がいましたし,都道府県でも学校でもかなり違うんじゃないでしょうか?
しんじ
2007/05/18 11:41
お疲れ様でした〜。先生の熱意やメッセージがしっかり伝わっていたんですね。すばらしいです。それってものすごい大事なことだと思います。私には出来ていなかった一面です(反省)。

宿題に関しては、私のクラス(一年生)でも成績のため、としか見ていない学生も多いと思います。試験も成績のため。返されたら他のものの中に埋もれてどこかにいってしまう。見直して次に繋げようとする学生が少ないんです。それじゃ本末転倒なんですよね。

日本語のクラスでも学年が上がるごとに宿題に対する見方が変わったり自主性がでてきたりするのがよく分かります。あとは日本語に対するモチベーションによっても違うかもしれません。

私は宿題や試験は自主性を高めていくための手段になるべきだと思います(特に初級レベル)。そういう意味では「しつけ」なのかなとも思います。上級レベルになったり自主性が出てきたら、自分の宿題は自分で考える、と言うような宿題?課題?があってもいいかもしれないとは思います。
sato
URL
2007/05/18 13:21
「バランスがとれていた」ってコメントはうれしいですね〜。
でもそのバランスって人によって違うから難しいですよね。何人中、何人が「よかった」って思ってくれたらいいんでしょう?僕なんて悲観的になりがちなもんで、一人でも「よくなかった」って言われるとヘコんじゃいます(前のコースがそうでした。。。)
それでも自分が大切にしていることを理解してくれて「よかった」なんて言ってもらえたらすんごくうれしいですね!

宿題は、前の学校では20人に一律に同じものを出して、提出率を成績の評価のひとつにしていました。最終的には、出すか出さないかは本人次第で、出した人はそのがんばりを評価に加えるってことを伝えていたんですが、やはり中には友達のを写して出す人もいて、なんだかなぁ〜って思ってました。

今思えば、宿題をすること以上に、出すことを評価してたんでしょうね。添削も正答を書いて返すだけで、なぜ学習者がそんな答えを出したのか、それがなぜ間違え/不適切なのかを十分に確認・説明しないでいましたし。satoさんのことばをお借りすれば、「本末転倒」なのは僕でした。。。

<つづく>
doi
URL
2007/05/19 07:35
今の職場は10人以下の少人数ってこともあって、1時間程度で終わる共通のものと、必要に応じて個別のものを出したりもします。理解度は毎朝の小テスト(10分ぐらい)や授業中のやり取りで「覚えておいてほしいこと」を中心に確認するようにして、予習(新出語と新文型)に時間をかけてもらえるようにしています。予習の程度が、授業中の理解度とその後の復習の必要度に大きく影響していると思うからなんですが。

それでも復習に時間がかかりすぎて予習に手がつけられない場合は、共通のものでも「○番と△番は余裕があればやってください」などと調整します。ちなみに、職場全体として評価のポイントにはなっていないのですが、1,2日遅れてでも全員出してくれています。自主性が高いというより、学習者としての責任感があるんでしょう。

<さらに つづく>
doi
URL
2007/05/19 07:37
以前の反省から、大切なのは、やってきてくれた宿題をどう扱うかだと思っています。個別にフィードバックしたり、次の授業のはじめに全員で考えてもらったり、小テストに含めたり、とにかくどこかでそれを“生かす”ようにと思ってます・・・が、つい添削のみで終わることもしばしば。。。いかに学習者に向き合う時間を作るかが悩みどころです。

yukkiさんのおっしゃる「動機づけ」ですが、それが内発的か外発的かは大きな違いでしょうね。

「しつけ(=礼儀・作法を仕込むこと)」に関しては、子どもでも社会人でも必要なことはあると思いますが、しつけ方は年齢や文化的背景によっても全然違ってくるでしょうね。

あぁ〜、この話題についてはもっとディスカッションしたいです。
doi
URL
2007/05/19 07:38
この記事、興味深く読ませていただきました。皆さんのコメントも本当に面白いです。
私も、評価って本当に難しい分野だなぁと思います。色々なカテゴリーを作って、総合的に評価をしようと試みてはいますが、実際に正しい評価ができているのかは、本当に悩みます。
宿題の意義ですが、日本語の勉強だけではなく、やはり多少はしつけの部分もあると思っています。決められた日までに決められた事をこなすのは、社会に出てから必要なものだと思いますので。ですから、busyworkにならないように気を配っています。頻繁に学生に量が多すぎないか、内容が難しすぎないかも、チェックしています。
Kazz
URL
2007/05/20 00:12
でも、やはり動機付けが大きく影響するので、日本語ができるけど、宿題を全然出さない学生もいます。当然、成績も悪くなってしまうわけです。出欠状況などもそうです。遅刻・欠席が多ければ、当然成績は悪くなります。先学期、それで落第した学生から文句がきましたが、「学期の最初からずっと言っているルールですから」ということで納得させましたが、「評価基準」というのは客観的なものがないので、学生はこれまでの先生の影響を大きく受けているなぁと感じました。先生によっては、宿題をほとんど出さない人や、出欠をそんなに厳しく取らない人など、色々なタイプの先生がいるので、そういった環境に慣れている学生は、突然厳しいクラスに入ったなと、非常にびっくりするようです。そういった部分をちゃんと考慮して、プログラム全体で評価を考えていかないといけないなぁと今考えています。
Kazz
URL
2007/05/20 00:13
大学生にもなって「しつけ」が必要かというのは疑問です。だから私も大学の評価方法を「不思議だなあ」と思っていたのです。でも「ペースメーカー」というのも,よく考えたら「しつけ」の延長ですよね。生活のリズムがつかめない,勉強する方法がわからないという学生もいると思いますが(特に新入生の場合),そういう人たちには毎日少しずつでも宿題があるのはいいかと思いますが。ただ我らが勤務校は多すぎるかも。それは私も同意します。初めて来た時,びっくりしました。でも「朱に染まれば赤くなる」ですね...。それがフツーになってしまっていました。自分の「評価」について考えるいいきっかけになりました。

日本語のクラスのなので日本の学校方式でっていうのは賛成しません。仏様が言うように日本の学校だっていろいろあるし,先生によって違うと思いますもん。少なくとも私が通った学校は毎日小テスト,宿題なんてありませんでしたよ。
yukki
URL
2007/05/25 13:26
評価についてはじっくり話せる場が欲しいと思っています。どう評価するかで学習者の動き方も学習の仕方もずいぶん変わってくると思いますし,,,前からそうしていたとかみんなそうしているとかいった理由ではなくて自分できちんと説明できる,納得した評価の仕方をしているかいろいろ考えさせられます。それは成績のようなマクロ的なものもそうですし,エラーコレクションのようなミクロものまで,,,その一つ一つがわれわれの社会,文化,世界の将来に関わっているんだと思うとまたまたいろいろ考えてしまいます。まあ,私は楽観的ですから,,,ははは
しんじ
2007/05/29 12:15

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