佐藤慎司のことば/文化教育を考える

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zoom RSS ラボでのクラス

<<   作成日時 : 2007/03/21 00:22   >>

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きのうは中間試験の前、最後のクラスでラボでクラスをしました。試験の質問がある人以外は

1)クラスメートのブログにコメントする
2)日本語でブログを書いてみる
3)いろいろな文化サイトを見て、比較する

という作業をしてもらいました。もちろんどれも家でできることですが、学生はいつも本当に忙しくてゆっくりクラスメートのブログをみる心の余裕がある人はなかなかいないと思うんですね。今回はどうしてこの作業をするのかという目的を学生には直接伝えませんでしたが、きいてきた学生もいました。私の中での目的は

1)クラスメートが何をしているのか知る。=日本語クラスというコミュニティーの意識
2)タイプで実際に困っていることの解決、短時間でも書けるか、忘れている文法事項の復習
3)いろいろなサイトへのリンクがあることを知る、文化的知識がただ一つだけではないことを知る

で、実際クラスを終わってみて

1)これはクラスブログをみていただければ分かると思います.リンクはこちら

2)思わぬところでつまずいている学生は学生同士、また私にきいたりしてタイプの仕方を確認していました。このプロセスは普段見えないので、ラボなどでやると意外な発見があります。すぐ書ける人短時間じゃ絶対無理という人いろいろいて書いているプロセスをみて私もいろいろ勉強になりました。

3)あれだけ懇切丁寧にリンクを張っていて(笑)ほとんどの人は見ていないことがわかりました。オンライン辞書、翻訳サイト、文化サイトなど興味深げにみていました。これからもときどきみてくれればなと思いますが、、

3)に関しては、将来的なプロジェクト、研究としていかにいろんな文化的知識がちまたに出回っているか、それを使って活動、そして、研究していければと思っています。実はもうすこしずつ始めてますけど、

もちろん、この作業の前に一人では学生は家でなかなかできない話すということの練習をしました。春休みになにをしたかです、、、学生はバハマ、イタリア、テネシーといろんなところに言ったようで、話したいことたくさんの学生と、何もしませんでした、仕事をしましたという学生の2つのタイプの春休みの過ごし方があったようです。

この週に2回のクラスはものすごいスピードで進んでいるのでいわゆる定着は他のクラスに比べると悪いかもしれません。でも、私個人としては学習者が使う、使いたいと判断した語彙、文型だけが残ってくれればいいかなとも思っているのです。あとは、教科書のどこらへんにあったか、そんなこと習ったな程度でもいいと思うのです、、現に春休み一週間はさんだ後のクラスですっかり忘れている学生が多数いました。教科書を引っ張りだしながら思い出し思い出しいろいろ話していました。

今回は結果だけではなくプロセスを見ることの重要さを痛感しました。クラスのみなさん、いつもいろいろなことを私に教えてくれて本当にどうもありがとう!

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。初めてコメントします。文化サイトを読んだ学生さんの反応はいかがでしたか。いかに巷に溢れる文化情報を外国での日本語教育に活用していくか、とても興味があります。クラスで私も文化サイトを紹介しているのですが、教師が文化情報を一方的に伝えるだけよりは提示できる情報に幅が出るものの、サイトの情報はやはり誰かが切り取った情報であり、書き手の考えが紹介の中に反映されているので、学生が触れる情報の数が少ないと、ステレオタイプに繋がりやすいような気がしています。といって、数多くの情報に触れ、学生なりに意見・考えを深めていけば、外国にいながら実際の日本の文化を理解することにつながるのかどうかも私にはまだよくわかりません。先生の試み、これからもいろいろとお聞かせいただけるのを楽しみにしています。
エブリ
2007/03/21 05:54
前半部分は私も同感です。ただ、「数多くの情報に触れ、学生なりに意見・考えを深めていけば、外国にいながら実際の日本の文化を理解することにつながるのか」ということはやっぱり「正しい」文化が存在するというエブリさんの考えを示しているような気がします。そのあとに「〜どうかも私にはまだよくわかりません。」とはおっしゃっていますが、、、

学習者のブログに一つそのことを考えさせられるようなものがあったので、ぜひ、ご覧ください。

http://kis2101.blogspot.com/2007/02/proceed-with-caution.html

とくに、だれが正しい文化を主張することができるのかということを考える上で非常に面白いと思いました。
しんじ
2007/03/26 22:42
まったくおっしゃるとおりだと思います。「だれが正しい文化を主張することができるのか」を考える上では、自分自身の持つ思い込みこそが一番の問題なのではないかと気づかされました。ご助言ありがとうございます。実は、ご紹介いただいたサイトを先週のクラスで使わせていただき、自分たちがウェブサイトで日々読んでいる文化に関する記事について振り返る作業をしました。1人の学生が、「確かに情報すべてを鵜呑みにするわけにはいかないけれども、こういった情報は森に分け入る際のガイドになる得るものなのではないか。なくても森には入れるけれど、あれば便利なのではないか。」と言っているのを聞いて、なるほどなぁと思いました。
エブリ
URL
2007/04/02 16:01
おもしろい試みですね。私も同じようなことをしましたが,時間の関係で深いディスカッションにまでは至りませんでした。

私は別にそういうサイトを否定していないし,学習者たちにもどんどん時間があれば読んでほしいなと思うのです,ただ,正しいのはどれかということになるとそれは問題だと思うのですよね,,,そういった意味でメディアリテラシーというのは大切だと思うのです,,,(もう必要ない学習者もいますけれど,,)自分の発言,行動がどんなところでどう影響を与えているのか,一人一人が真剣に考えるべきだと私は思うのです。

とくに教科書なんかに堂々と記載されていたりしてテストしたりするというのは,,,考えさせられますね。制度(医療,教育など)のようなものならともかく日本人はほめられたらどう受け答えするかのようなものは,,,

そういう論文も書いていますので,よければ読んでみてください。これからも一緒にがんばりましょうね。おもしろそうな実践,意見交換し合いましょう!

しんじ
2007/04/02 22:37
「クリティカルペダゴジーと日本語教育」第5章でおっしゃられている、教育者と学習者の権力関係の作用の問題や、何が正しいかというのは非常に曖昧なのだという点などは、教師として学生に接している以上、きちんと認識しなければいけないと改めて思いました。また、どんな立場をとろうとも教師というのは中立ではあり得ないということも、確かに真実だと思いました。自分の中での教師観・教育観というものが、ここにきて少しずつ変わりつつあるような気がしています。いろいろと考え始めるきっかけをいただけたことに感謝しています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
エブリ
URL
2007/04/03 12:31
こちらこそ!私も学習者から,そしていろんな教師,研究仲間から,そして,本,メディアなどからいろいろ勉強させてもらっています。こうやって死ぬまで変化し続けるんでしょうね,,,模索し続けて,,,習得度合いに寄って成績を振り分けるためだけの教師にはなりたくないなあと思います。本当の意味で学習者と対話したいと思っています。
しんじ
2007/04/03 21:50

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